lundi, avril 15, 2013

「渡良瀬橋」の先にあった唱




随分まえにこの曲を聴いたときはちょっと驚いた。
(初めて聞いたのは故郷を離れてコンビニから聞いたのではなかったかと思う)
「渡良瀬橋」の歌詞 YouTube


おそらくそのとき森高千里という人はかなり人気があって、知らない人はいなかったに違いない。
このちいさな「足利」というところで、感傷的な気持ちでこの橋からの風景を見ていたのかって
ことと、高校時代に下校していた橋はこの橋だったため、不思議な感覚だった。

この橋を何度も何度も自転車で渡った。

このような夕日が、親友のセーラー服の襟もとに反射したりするのを、
それこそ、何度も何度もみたものだから、わたしの脳裏にはこの夕焼けと、
川からの風をすぐにでも思い出せる。
(そんなことさえもすっかり忘れて、仕事や日々の生活に追われて、
東京でこのごろは制作したり、それを読んだりしていたのだけれど)

あの震災のあと、栃木の北部や南部の足利というところについては、
報道などほとんどされておらず、
当時も寒い山から降りてくる空っ風の吹く足利では停電ばかりが行われていた。

東京のわたしたちが使うための電気の陰で老人の多い町が犠牲になっていた
のは今となっては言うまでもない。

そこに住む両親や弟のことなどを案じていた。
弟は北に住んでいたので、栃木という県の境目はあるけれどそれほど遠くなく、
福島からの住民の受け入れも弟の学校では行われていたことやガソリン不足で
実家の足利にもいけない状態だった。

父はあの日、よほど楽しみにしていたのか、同窓会のため車で遠出していた。
「中止になった」と、まったく予想もせず、電話も通じないなかで、
彼は信じて北にある会場に向かっていた。
家よりも、会場から遠くなる山のほうに住む足の悪い友人を迎えに行って、
それから会場に向かっていたようだ。
しかしまだ日が短く、ガードレールのある山道や、街灯のない高速を走ったり、
そこを降りても信号が灯らない道を(もしかしたら地割れもあったかもしれないのに)
のろのろ運転で走ってその友人の家にたどり着き、さらにまた迂回して自分の家にたどり着いたというのだ。

故郷、という場所は、「血」と関係がある。
足利を思うとき、父や母がいるところと思う。
弟と兄弟げんかをしたり遊んだりした神社を思う。

先日、TVで飯館の犬が飼い主に会う企画を報道していた。
犬は場所に反応しなかった。それより、そこに親しんだ人と物に尻尾を大きく振っていた。
それに、妙に納得がいく。

渡良瀬橋からの風景は馴染みがある。けれど執着がない。
そしてそこを通り過ぎて、初めて行くライブハウス「Nemu Nemu」さんにたどり着いた。
東京で時々会うてあしくちびるの二人に会った。
そして父母が到着してそれぞれの出演者のパフォーマンスをほんとうに楽しんだという顔を見せてくれた。うれしかった。
そのとき、その場所に感謝をして、新しい「故郷」ができたような気がした。

感じる場所が変わっていく。
歳を重ねて、さほど遠くない東京にくることができない父母に、「今」のわたしを見せることはそこという場所である必要はなかった。けれど、そこには紹介してくれた人たち(てあしくちびるの河内伴理さんと土谷多佳子さん)の温もりやそれを快く受け入れてくれた場所を提供してくれている人たち(NemuNemuのスタッフの方々)がいらした。

「人」が「故郷」。
渡良瀬橋のことを思いながらも、そこに拘りを示さずに進んでいける自分がまだ居る。

・・・やってみないとわからなかったことだ。
改めて、「今このとき」に引き寄せてくれた人たちと、そこで出会った人たちに
しみじみと感謝をしている。しあわせをかみしめている。





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低い跳び箱ならとべる企画
425日(木)  23:00start
「視野」


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